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劇場版 仮面ライダー電王 ”俺 誕生!”

  • 2007/08/07(火) 20:38:00

「劇場版 仮面ライダー電王&ゲキレンジャー」を公開初日初回で鑑賞。

驚いたことに劇場は親子連れでほぼ満席。開場前から長蛇の列。
同じ劇場、同じ公開初日の朝一で3分の1も埋まっていなかった昨年の「カブト」とはエライ違いである。
ダークなハードSF風だったカブトに比べ、明るく軽いタッチ(決して分かり易い内容ではないのだが)の電王。どちらが好きか、やはり子供は正直だ。(親も含め)
だがしかし、もっと驚いたのは、客席を埋め尽くした子供たちのおとなしいこと。
上映前はさすがにざわついていたが、いざ上映が始まると子供たちからは嬌声のひとつも上がらない。
騒々しい中での鑑賞は当然だと覚悟していたのだが、静かなシーンでも話し声ひとつせず、本当に何百人の子供たちと同じ空間にいるのだろうか?と不思議な感覚に陥った。
主題歌を一緒に歌ったり、バトルシーンでライダーを大声で応援したりと、騒いでナンボの我々「東映まんがまつり」世代とは隔世の感である。
これは親のしつけが良いというよりも、むしろ、どこか去勢された「枯れ」を感じて少し寂しくなった。
もっとも、昔の「東映まんがまつり」世代と一緒に映画を見ろ、と言われても断るけども・・・。

ざっと劇場版・電王の感想を。

<以下、ネタバレあり>

まず、「乗っ取られたデンライナーの奪還」という、いかにも夏休み映画らしいスペシャル感あふれるストーリーが良い。
さらには追いつ追われつの疾走感が時間旅行ジャンルと大変相性が良い。
さらには過去のエントリーで指摘したように、時間旅行ジャンルでありながら因果関係をあえて軸に置かず、理屈抜きにファンタスティック&ロマンチックに描く姿勢がさらに強化されている。
それはラストシーンに顕著だ。

雪の中、幸せそうな野上一家4人をデンライナーの車窓から見つめる二人の良太郎。
そして、野上一家も目の前を通り過ぎるデンライナーの存在に気付く。
論理的整合性を超えた、感情を揺さぶる装置として差し出された「時間」という名の舞台。
愚直なまでに優しさに満ち溢れた素晴らしいラストシーンである。
「人の記憶こそが時間。記憶がある限り時間は消えない」。
ともすれば理論的矛盾を回避する逃げ口上となりそうなこのメインテーマは、しかし、「パラドックスを越えた感動」という、時間旅行ジャンルの一つの到達点にこの映画を導いている。
これと並ぶのは「ドラえもん」のタイムマシン物くらいだろうか?

以上は総論。細部への言及とゲキレンジャーに関しては後日。

・・・白鳥さんは、こりゃ過労もやむなし、と思えるほど出ずっぱりだったな。(嬉しいけど)





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